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2016年7月11日月曜日

研鑽と共感

というのをふとまとめたくなったので。

■概要


「ぼくがかんがえる最強の○○」というのは、往々にして本人以外に興味を持たれることが難しい。
(もちろん、説明の要所を押さえれば興味を持ってもらえるようにはなると思うが)

「皆に受け入れられる作品」が良いのか、「自分が思う最高の作品」こそ良いのか。

きちんと切り分けると単純な話だが、時々話題になるので整理してみた。

なお、どうすべきかの箇所については、あくまでえびの私見であり、えびも理想が実現できたらいいなくらいの気持ちで書いている。

■注意点

・結果の話と混同するのはNG。

よく話にあるが、「これをこうすれば受ける」という論説は非常に難易度の高い話(投資や注力箇所の判定)になるため、はっきり言ってその道のプロ以外の話当たらないと思って良い。

「成功する」「受け入れられる」要因は社会的要因含めて多種多様にあり、一つの項目だけで判定することはほぼ不可能。(「判定できない」のであって、当たる可能性が無いわけではない)
ミクロマクロの話もあるので、マーケティング基礎のファン層/購入層/関心層/無関心層辺りの話を見ると早い。

そもそも、予想した時点というのは、発言した瞬間から過去の時点になるし、結果が出るころにはもはや情勢も変わっている。

「自分がこれを良いと思ってる」と「他の人も皆これが良いと思っている」は自他境界性の問題でもある。「一致することもあるし、一致している人も居る。が、全員とは限らない」というのは基本的なポイント。
結果は嘘をつかないが、未来には必ずしも通用しない。

・好き嫌いと良い悪いは別

よくあるのが、「自分はこれが好き」という場合に主語を外して「これは良い」とする事が多い事例。

日本語特有の主語を消す≒主語を大きくして、優勢を保つ、責任を弱めるという話だからどうしようもないとこはあるが、「~は良い」というときは『私は~が好き』であると読み替えた方が話が早い。

・他人に押しつけるのは危険

そもそも人を見返りも出さずに巻き込んでるなど、問題行為は言語道断。本ページでは対象外とする。
あくまで自分がプロデュースして自分で作る場合の話。依頼はちゃんと責任を持ってやるべし。
自分にとって好きなことでも、他人がそこまで関心持ってるとは限らない。
みんな自分の時間は貴重なもの。

・ファン層には当てはまらない

ファン層は関心層・無関心層とは異なるため、本ページの内容は当てはまらない。
好きであり、興味を持っているから共感しやすく、理解もしやすい。
そのまま応援してあげて欲しい。もちろん応援するもしないもユーザの自由だが。

■結論

先に結論から言うと、大体下記。

・研鑽と共感は逆方向に伸びる評価軸であり、どちらが偉いと言うことは無い。

共感は経済的成功、研鑽は文化的成功といったところか。(Civ風)

・全ての作品は部分的に研鑽と共感を共存させている

公開した時点で共感は始まる。
 作り込んだり、こだわりを入れた時点で研鑽は始まっている。

・研鑽は長期的な成功、共感は即効性の成功をもたらす(可能性がある) 

・研鑽は未知の領域、共感は既存の領域

日常の感覚に即したモノは理解しやすいが、ありふれているとも言える。
研鑽は生きている間に理解されないこともあるが、一度理解されれば先見の明として記録される。


でもって、最終的にどうすればいいかというと?

→自分が得意とする特性に応じて、割合を調整する

共感性が高いものを表現するのが得意な人や、研究者肌な人も居る。
 また、どちらのほうが好きかと言うのも大きい。
 ムリして慣れない方をするのも自己投資なので自己判断すればいいが、どちらにもその道のプロは居る。

→投資や努力は裏切るが、しなければリターンは得られない

研鑽は当たり外れの大きい博打であるし、逆に共感は陳腐と紙一重という問題がある。
 しかし、いずれにせよ完成させたりリリースした時点で得られるものは多く、それに気づけるかが発展できるかのポイントになる。

→割合を徐々に変えるのも有り

つかみを共感性高くして、徐々に独自世界に引き込むのは理想形。
 共感性は「親しみやすさ」「見栄えの良さ」「統一感」なども含むため、そういうので引き込むのも手。

 それが出来るならいずれ理解者は増えると思う。



■評価軸

図1:研鑽と共感の割合と、残存性、即効性の度合い
図1に示したように、研鑽は先を行くものであり、理解されれば長く残る。
一方で、共感される=理解されるものは日常の延長と言えるため、広がり方は早い。

なお、同業者など「ワカル人」なら、研鑽のものも賞賛できる。

これはどっちの方が良いかというのではなく、そういう特性があるというだけ。
共感を望む者も居るし、研鑽やより高みを目指す者も居る。

■共存

基本的に、SFやファンタジーでも日常の描写は多く描かれる。
ダンジョン飯や進撃の巨人、シドニアも日常生活が多く描かれ、共感性を高くしながらも、しっかり独自世界を描いている。

共感性というのは理解しやすさもあるので、宣伝、プロモーション、マケ販も含まれる(そうしたものを含んだ総合的なものが作品・製品)

なので、極振りのものは稀であり、どっちかに極振るべきという議論はあまり意味が無い(共感極振りなら安っぽいと言われ、研鑽極振りならそもそも理解者が少なくなる)

■長期か速攻か/未知か既知か

誰もやっていないことをやって、後に理解されれば始祖として評価されつづける。 しかし、理解された上で評価されないこともある。

自分の場合、研鑽をやる理由は「自分がやりたい・表現したいもの」だからというのでやっている。

誰もが分かることをやれば、即理解してもらえる。しかし、既に手垢が付きすぎた内容であれば、他や後続に紛れてしまうかも知れない。展開が読めすぎると陳腐とも思われる(可能性がある)


研鑽は鶏口となるも牛後となるなかれが近い。
ただし、その後に鶏が牛になるか、焼き鳥になるかは神のみぞ知る。

共感は長いものには巻かれよに近いが、それはそれで大変である。
鯉のまま濁流に巻かれて潰れるか、勢いに身を任せて龍になるか。

■おわりに

実際の所、誰しもが無意識的にやっていることを整理しただけに過ぎない。
ただ、整理することで何が自分にとって最適か考えやすくなる。

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